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こんなことがありました
祗園祭
 
 祗園祭(ぎおんさい)

 祗園祭は宵祭(金)・例祭(土)・終祭(日)の3日間で構成されます。

 

 宵祭は、中央町の天御子神社より遠江国総社である淡海國玉神社へ御神霊が渡御します。

 

 例祭は総社・神輿前での天御子神社例祭を行います。この日には謡曲「舞車」奉納も行われます。

 

 終祭では、御神霊が、総社より三本松・河原町のお旅所を経て、天御子神社にお帰りになります。

 

 

宵祭(よいまつり)

夕刻6:30、天御子神社(あまみこじんじゃ)にて、祗園祭に関係する人々の清め祓いを行います。

 

参列者が心身清められたところで、天御子神社にて宵祭を行い、神輿に御神霊をお遷しします。

 

見付の各町内から選出された輿番が奉仕し、各町の印提灯に見守られながら、総社・淡海國玉神社までお渡りをします。

 

総社に着御後、神輿を社殿に据え置き、淡海國玉神社の宵祭を行います。

 

御神庫内に安置する神輿


 
例祭(れいさい)

中日は例祭にあたります。

 

17:00より謡曲「舞車」奉納祭

18:00より淡海國玉神社例祭

引き続き天御子神社例祭を神輿前にて行います。

 

夜には各町の屋台の引き回しや、手持ち花火大会により、境内は大変賑わいます。

 

謡曲 舞車奉納

手持ち花火

 

境松 屋台

終祭(しゅうさい)

終祭は、御神霊が天御子神社へお帰りになります。

 

16:00に淡海國玉神社終祭、

引き続き神輿前にて御神幸奉告祭を行います。

 

御神霊が出発し、三本松お旅所・河原町お旅所を経て、天御子神社に着御。

 

神社に御神霊をお遷しの後、天御子神社終祭を行い、3日間に渡る祗園祭は終幕を迎えます。

 

総社 還御準備

猿田彦

 

稚児

神輿と輿番

 

いよいよおかえり

遠江国総社 淡海國玉神社

(とおとうみのくにそうしゃ おうみくにたまじんじゃ)

御祭神

大國主命 他 15柱

 

御由緒

延喜式内社平安時代初期の創建と伝えられています。遠江の神々を合わせた神社ですので「総社」と呼ばれています。都から赴任してきた国司が最初にお参りする由緒ある神社です。

御神徳

家内安全・商売繁盛・五穀豊穣・縁結び

 

 

淡海國玉神社 大鳥居前

天御子神社(あまみこじんじゃ)

御祭神

素戔鳴尊・櫛稲田姫命

 

御由緒:

延喜式内社

創立年月は不詳。社伝によると一条天皇の正暦2年、勅を奉じて天下泰平・五穀豊穣のため舞車の神事を執行するとあります。

 

天御子神社

謡曲「舞車」(ようきょく まいぐるま)

 遠江の国府・見付の祇園会では、東坂と西坂が舞車(車引きの舞台)を出し、神前で旅人に舞を舞ってもらうことが慣わしになっています。


 東坂の舞車の頭は、翌日に迫った舞車の舞手がまだ見つからないので、相応しい人を探して旅人を待っています。


 一方こちらは鎌倉に住む男。

 都から連れ帰った妻が、自分の留守中に親に追い出されてしまったため、妻を尋ねて都へ向かう旅の途中、ここ見付の宿場へとやってきます。


 東坂の頭に宿を借りた鎌倉の男は、人を探す途中だと一旦は断ったものの、神様のお引き合わせもあろうかと思い直して、翌日の舞車での舞を引き受けます。


 翌日、いよいよ神前での舞が始まります。


 

 まず西坂の舞車が引き出され、曲舞が舞われます。


 西坂の舞手は都の女で、静御前の白拍子の舞を舞います。


 東坂は鎌倉の男が舞手となり、菅丞相の妻戸の舞を舞います。


 どちらも見事な舞であったので、もう一番所望との声がかかり、それぞれ何の曲を舞うかと相談しますが、偶然二人とも、大磯の遊女虎御前が曽我十郎祐成に名残を惜しむ場面を舞うと言ったため、今度は東西の舞車を寄せて並べ、東西の舞手による相舞になります。


 舞の途中で鎌倉の男は隣で舞う女が別れた妻であることに気づきます。


 しかし舞の途中なので、喜びを心に二人は見事な舞を舞い、再会を喜び合うのでした。